詩集  4

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風景 八
   
雪のあるところで死にたいと
願ったとおりに少女は
春の山の中で
ふらんしていた
 
美しく死ぬなど
幻想にすぎないのだけれど
やはり
雪の中の死は美しいと
少女は思ったのに違いない
 
春の雪が溶けだすと
幻想にそそのかされたあれこれが
ふらんの姿であらわれる
 
 
風景 十
 
 
人のいない風景の中に
七月の雨
 
思想性のないのは日常ばかりではない
聞かせたいのはひとつの言葉だ
たったひとつの
 
魚の吐息
 
人のいない風景の中に
七月の雨
 
 
風景 十二
 
 
蝶のようなものが目のはしをかすめ
それはたしかに蝶にちがいないのだが
私にはそれがはっきりと
蝶なのかどうかわからず
ただ
蝶が飛んでいるなと思っている
いずれにしてもそれが
蝶でないはずはないのだが
蝶であるのかどうかわからずにいる
蝶のようなものが飛んでいて
私はぼんやりと見とれている
 
 
とびきり尾テイ骨
 
 
時どき、尾テイ骨のところがかゆくなり
掻いていると
角質化した皮のようなものが剥がれてくる
清ケツ好きの人は
不ケツの証明と言うに違いないが
私は別の見解をもっている
実はこれは
しっぽの出来そこないなのだ
なりそこなった尻尾が
一片、一片と
剥落してくる
それなのだ
 
 
風景 十一
 
 
回遊する魚の
腹の中に溢れているのは
塩水ばかりだ
結局
魚の腹の中を
海が
回遊しているにすぎない
海に回遊されている魚の
腹の中に溢れているのは
結局
悔恨ばかりだ
 
 
まるくなる
 
 
みつめられている犬は
みつめている目を意識しながら
みつめ返そうとはしない
日向を
冬色の風が吹いていって
冬色の空に帰ってゆく
帰ってゆくお前を
もう誰も止めようとはしない
日向のぬくもりと
時おり、あごをなぜる風と
時おり、名を呼ぶあの声と
多分
みつめられることに疲れたお前を
もう誰もみつめようとはしなくなることを
多分、多少の願望と満足と
一種の哀しさをもって
鼻先を吹いていく風は
僕をまるくさせる
 
 
飛翔するものへ
 
 
軽い春
と書いてみて
涙がこぼれそうになる
ああ、この軽い風景の中を
花粉や鳥のように
飛んでゆきたい
 
漂うと書いて
石のように重くなる心を
どうすることもできない
風に吹かれて空まで昇れば
故郷の青い海も
すぐそこではないか
 
日常を
ありふれたと書いてみれば
なるほどそのとおりに違いなく
その通りなことに驚く気力もないが
やはり春は軽い
春はすべてを軽くする
 
ありふれた郷愁を書こうというのではない
だが、なるほど故郷の
青い青い空と海の間には
たえまなく上昇気流が行き来して
その風に乗ればどこまでも
どこまでも自由に飛べそうに思えもしたが
 
都会と書いたところで
なんのうらみもない
小さな鉢植えも芽吹いた
妻の額の汗もいとおしい
大きく息を吸えば
まんざら不幸ともいえない
 
幸せと書いてみて
それでも時おり
風が
私の胸をふくらませて過ぎると
ふっと泣きたくなる
軽い軽い春ではある
 
 
風景より 
 
生きている人間の
目の中に溢れている風景の
流れていく風景の
風景の中に居るおのれの
流れていくおのれの
風の中のおのれの
ゆれているおのれの
おのれの中をゆく風の
おのれを流れてゆく風の
おのれの中を往く風景の
流れていく風景の
目の中を流れていく風景の
おのれの中をゆく季節
 
 
姫石伝説
 
 
いにしえの詩人が詠ったように
人は悲しみのあまり石と化する
としてもだ
石と化した人の悲しみは
誰にも測ることは出来ない
なぜといって
沈黙して動かぬ塊を
人は石と呼ぶのではないか
 
石と化するということは
言葉を失うことである
まるくなって静止するということである
 
岬の上で
死ではなく
沈黙と静止をえらんだ「悲しみ」を
私たちは
姫石と呼んでいる
 
 
旧暦の五月は
 
 
旧暦の五月ともなれば
ものみなすえて
鳥に猫に
それから木々も
ねをあげます
 
旧暦の五月は
腐乱の時
 
 

 
 
耳もとで
お盆ですねと
誰かが告げ
涼やかな顔の僧侶が
私の横を通りすぎる
 
八月もまた
悔いをかさねて
 
今は亡い人のために
夏の私は
小さな祈りを
くりかえす


 
風の唄 三
 
 
回遊する魚の躯の中を
海は流れつづける
魚はただ凝っとしていて
海だけが
その躯の中を回遊しているのだ
風に吹かれる私達もまた
景色の中を歩いているかに見えて
景色が
私たちの中を流れ続けているのに
すぎない
風とはことほどに
理不尽である

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