詩集  5

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魚に寄せる抒情
 
 
プロローグ
 
魚の目の中に
なさけがあるということ
たとえば
忘れられぬ日々を
忘れずにいるということ
昔からそうであったように
魚の目は
魚のものであるということ
魚の目の中に
なさけが
あるということ
忘れられぬ想い出を
忘れずに
いるということ
 
 
帰巣
 
帰るところがあるという
それだけの本能が
命を
淵に躍らせる
昔からそのようにしてきて
うたがうこともなく
今またそのようにすること
そうすることに真実があることを
魚がウオであることの
あかしのために
魚が河をのぼる
 
見ろ
卵で腹いっぱいのメスを
腹いっぱいの白子をつめたオスを
見ろ
流れの中で
一つ
また一つと力尽きていく
魚の本当の闘いを
その黒鱗のさざめきを
 
昔からそのようにしてきて
今またうたがうこともない
生命のほとばしり
自然の中にあって
あまりに静寂ないとなみの
その本質
 
 
産卵
 
川面いちめん白くなる
享楽の宴だ
死を待つまでのひと時の
強烈な
オルガスムスの
白い白い泡
 
浅瀬の水の乱反射と
陽のぬくもり
魚は
じっとこの光の中で
産卵の苦しみを耐えるのだろうか
魚が魚としての
刹那の悦びを
じっと
この水底のぬくもりの中で
魚はこらえているのか
 
つなぎめのない輪のような
終わりのない周期律の
その一段幕
命の終焉と
わきあがる

命のはじまり
 
 
誕生
 
すべて
陽の光があれば
このように
蟲動をはじめる
太古から変わりのない
たしかさで
分裂と分裂の完結の
ささやかなこころみの中
一つびとつ
形をなす

この一瞬
すべてが完結する
 
 
回帰
 
魚の目の中にある故郷と
魚の目の中にある生命が

海へと向かう
稚魚が飛ぶ
何もあるわけのない
親たちの海へ
魚が下る
川を下る
遥かな昔から繰り返してきた
回帰のそのくりかえしを
永久に回帰する
無に回帰する
その果てのない旅路を
魚が魚である真実の湧出をこめて
やはりこれも
一つのプロローグ
それとも一つのエピローグ
魚の目の中にある確かな命は
巨大な連鎖の一情景か
いま海へと向かう
旅へのはじまり
もしくは
旅の終章
 
 
エピローグ
 
 
魚の
わずかな自由を
何もない
海への旅の
わずかな自由を
無限の性欲と
死との間の
わずかな自由を
魚の
わずかな喜びを
帰ってくるために下っていく魚の
それでも
つかのまの自由を
流れにさからうことのない
稚魚達の
わずかな自由を
旅への旅たちの
その
ささやかな自由を
 
 
日本の老婆より
 
一、
 
老婆、口をあけて笑えば
抜けた歯の暗黒から三日月ひかり
唐突にひろがる
臭気のような闇
 
愛すべきは日本の老婆
口をあけて笑えば
ぽかりと暗い宇宙のひろがり
湧いては消える夫(つま)や子の影像
突撃やら匍匐前進
 
牙のように
氷の氷柱 光る光る 口蓋にひかる
月のように
 
老婆わらえばのどを衝く
慟哭に似た霊の行進
 
二、
 
・・・・薄明。残月。坂道。それら舞台装置に
 不似合いなもの、音。色。観客など・・・・
 
老婆は薄明の坂道を
まだ残っている月に向かって
登っていく
背中の一反風呂敷からは
棒切れのような手やら足やら
カーッと血痰はきながら
階段のぼるような足どりで
薄明の坂道を歩いていく
肩を揺りあげるたびに
背負った荷物に月が沈んでいく
 
・・・・光で構成された舞台は、黄色の光
   のみ減少してゆく。暗転・・・・
 
三、
 
かぞえているのは
ひとひらひとひらの花びらである
目の中に映って
ひらひらと舞う花びらである
聞こえてくるのは
人の名である あるは祈りである
呪もんである
となえているのは老婆である
目の中にひらひらと舞う悲しみを
ひとつひとつと数えてゆく
つぶやきである
つぶやいているのは
老婆のくちびるである
くちびるに似たひとつひとつの花びらで
ある
舞いながら詠う
ひとつひとつの唇である
白濁した目の中をひらひら舞いながら
唇をひらいてうたう花びらである
目の中に舞う
そのひとつひとつを数えているのは
老婆のくちびるである
花びらの形をした口びるである
聞こえてくるのは
呪もんである あるは人の名である
祈りである
祈りとも知れぬ
つぶやきである
杖つく老婆のつぶやきである
 
 
風景より 3.
 
 
愛とか恋とか言う言葉も安っぽくなり
セクスまた安っぽくなる
当然のことに
生とか死も二束三文
ああ堕落の風土
主題を喪失した風土

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