詩集  6

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北の運河
 
 
ー故郷の運河にー
 
臭気満杯の底からまた臭気湧き
その臭気つぎつぎに空を覆うと
日本海の陰部は沈鬱を倍す
 
この運河暗緑
網曳く男たちの肌のように暗緑
その暗緑の淵に波打つ
重たげなハーモニアの反復
鎮魂歌に似た交声の戦慄
また浮かび、また消える
死臭のアブク
 
この悲しみ歴史の淀み
ゾル状にゲル状に揺れる水面の
窒息させる油膜の肌
女体
すべての呪いを一身に受けて
捌け口のない沈殿
暗渠から注ぐ生血
時おり喘ぐ舌
汗、身震い
錆びた廃船の鬱病
 

 
しんしんと雪は降り積もり
街路灯に冬は舞う
北の港の夕暮れ
静かな息づかいは
 
白い白い運河
 
冬のやさしさの中で
運河は凍り
降り積もる雪に
一面、白い運河となる
美しい景色の中で
運河はねむる
そこだけ妙に暖かく・・・
 

 
夏の沈黙
もの言わぬ廃液の凝(かたま)りに
往時の殷賑が映る

港湾労働者
荷役、労働組合大争議
商社、銀行、船会社、税関、移民
軒をつらねる石造倉庫群など・・・
つまりこの港の歴史は
運河よ、お前そのものだ
お前が沈黙した時
この街もまた饒舌をやめた
それ故になおさら
凝結が伝える血のようなぬくもり
 

 
ああ運河
静謐の淀みよ
私生児よ
今は屍に似て
この北国の涼風と青空に逡巡しているが
だが聞け運河よ
少年のひと時おもい惑って
我知らず
お前の辺に佇んだ若者のいることを
往時の殷賑を知らぬ俺なので
お前を知ったのも曇天のもと
曇天のもと舌を垂らした犬のように喘いで
いたが
それでも時おり荷役があれば
首をもたげて獅子吼するさま
その様は雄々しいと思ったものだ
聞け運河よ
この街の名のあるものすべてが
己の腹底で醗酵しているのだということを
この街のすべて死んだもの
生きながら死んだもの
いま生きているものすべての屍臭であるこ

それがお前の泡の正体であることを知れ
ああ、まさしく
お前を生きかえらせるのは
お前に蓋をしてしまうことではない
 
お前を造った人
お前とともに生まれ育った人
そうして
お前なしでは生きられなかった人
また
お前のふところで愛されたもの
お前を愛したもの
すでに死なんとするお前のみ知らぬ者も
お前の上に
棺の蓋をしようとする
 
いったい誰が
これ以上に何を欲しいというのか
己が自堕落で殺した運河
己が正義で生きかえらせてみろ
 

 
運河と外海を結ぶ水道の上
潮に錆びた橋に頬をもたれて
餌を漁る鳥のさまや
はるか彼方
水平線のさびしさに終日佇んだ
少年の日の浪漫
だがロマンではなく言う
運河を埋めるな
明日のために
 

 
今日も運河は静かであるか
あの暗緑の深みに愛はあるか
工場や倉庫の影を映して
悠々と昼寝をしているか
さびしそうではあるが
運河
蘇生のための用意は良いか
 
(故郷の運河埋め立て計画に触発されて)
 
 
風景より 1.
 
 
季節は憂愁の日めくり
日めくり捲るごとに舌を出す
青銅色のレリーフ
人の愛撫にすりへらされた乳房やら臀部
光をなくした神々
 
それら暗緑の風景と私達との
怪奇な姦通
 
昔、日めくり捲る手は
まっさらな一枚の奥にひろがる情景を
信じていた
それら風景の果ての深みを・・・

まさしく夢を信じていた日々
たくさんに膨らんだ胸はまた
沢山の蝶の羽音がしていた
大航海時代、青空の下
風を脹んだ帆鳴りのように
 
めぐる季節のたしかさ
指でなぞったそれら
心躍らせて覗きみる明日
ありとある豊満さ

まさしくすべてが愛であり
それだけが信じられるすべてだった
信ずることが愛だった
愛がすべてであった日々
名づけられたすべてを疑いはしなかった
私達
 
ああ明日(あした)よ
今は諧調を失った幕間のうつろよ
腐蝕した不明瞭の浮彫りよ
目の中は流れる紫斑で満杯となり
景色は色を失って漂うだけとなる
そうして堕落
彷徨う私たちと漂う風景との
淫靡な姦通
 
 
風景より 2.
 
 
人の死の重みと等量の
それ故に歴史と呼ばれる歴史の重み
肺胞いっぱいにそれら重みを耐えて
まといつく粘性の空気に亀裂を探すが
ああ亀裂もない完璧の堕落
わが風土は絶対の堕落
 
ふりあげる腕は宙に踊り
もんどりうって
躰ごと浮遊するたよりなげな確信
ひたすら解放された空間
懐疑さえも存在しようのない空間
時間さえもこぼれ落ちる
名づけようのない世界
よしそれを我風土と呼ぶにしても
無質量の浮遊し重層する陰湿の
陰湿のさまそのままの風土に
君の姿さえ見失い
叫ぶ声もとどきはしない
そうして探していたものさえ忘れ去る
空間の属性を失った座標軸に
不信さえも表明しようのない虚無が棲む
虚無さえ疲労の因になる
考えるさえ疲れる私の風土には
行為という言葉もまた意味を失う
 
この不安の世紀にと
驕慢にも思う
このからみつく空気を
はねのけるのは疲れたと思う
 
やさしい風土よ
やさしい人々よ
それら優しさに耐えるには
私の暴力は隠微にすぎる
ああ陰湿の風土よ
頽廃と姑息の人々よ
それら自堕落に耐えるには
私の正義も淫靡にすぎる
 
 
雑感
 
 
人は土をこね土を焼き
土偶をつくる
それら土偶を祭り
踊り唄う
シャーマンの神がかり
誦はやがて神を離れて歌い継がれ
歌は
志を吐露する詩となる
詩は詞により
詞はことのはに分解する
言の葉は事にちなんで生まれ
事は心に像をつくる
像は人を失ってただの象(かたち)となり
象(しょう)は形のゆえに名を求め称に
転ずる
称(み)は呼ばれて身を表す
身は見られることによって
観られる身となり看る
看る身は察(み)ることによって体得し
体を得た身は躰となる
躰は心を欲して態となり
態は心の模様(さま)ゆえに
様々の醜態をさらす
醜さは見にくさゆえに見るものを怖れさせ
怖れは己が身憎さに惧れを抱く
惧れはグとも読まれて愚に通じ
愚は人を求めて心を失い偶となる
偶は心を持たぬゆえにただの像であり
それを人は偶像と呼ぶ
偶像は虚像であるから
それから虚飾をとると
ただの土くれとなる
人はそれを土偶という
土偶は土くれゆえに土にかえり
また人に触れるまで
無をそこに寓(す)む

さようそれこそが本物である

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