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許す

2008.02.02 | Posted at 04:56 | Category: こうふくのえとせとら

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先に書いた「忘れる」ということは許すということに近いかもしれない。ただ、積極的に許すというのは、なかなか難しい。そこに、相手を裁く心、自分を一段高いものとして、裁判官のように相手を許すというのでは、本当の許しにはならない。つまり、許したと思っても、忘れられないからである。

ここで問題にしているのは、あくまで自分の心。自分の心の平安。自分の心を、小川のようにさらさらと流して、こだわりのないものにすること、仏教でいうところの「執着」から遠ざけること、その意味で執着を残さずに許すというのは、とても難しい。
人を責める心が湧くとき「自分はどうなの」と振り返る人は少ないと思う。人を責めるということ自体、(責めることに無理もない事情があるのもわかるが)本来は悪である。だから、人を許すということは、自分を許すことにもなっている。自分自身を解放し、楽にしてやることである。執われから自由にしてやることである。

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