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さっぱりした性格になる

2008.02.02 | Posted at 04:43 | Category: こうふくのえとせとら

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「さっぱりとした性格になろう」と決意する

執念深いとまでは言わないが、済んだことをいつまでもネチネチという人がいる。あるいは口に出さぬまでも、いつまでも心の中で反芻して、気の晴れないタイプ。
あるいは、恥ずかしかったこと、悔しかったことが、いつまでも忘れられない。
何年か前までの私がこのタイプで、これではいかん、「さっぱりした性格になろう」と考えた。

というのも、坂本竜馬と言う人が、済んだことをゴチャゴチャ言わない人だったらしい。
たとえば、昨日までの主張を変え、それがもとからの自分の考えであったかのようにふるまう人がいると、普通は「お前、言ってることが違うだろう」と責めたくなるものだが、それが無い人だったと聞く。
私など、そういうのをしつこく責め立てたくなるタイプだから、ホーと思った。

妄想が湧いたら、スッパリ切る

じゃあ、どうしたら、さっぱりとした性格になれるか。
まず、ごちゃごちゃと、いろんな妄想、いろんな嫌なこと、過去の悔しいこと、人の言葉や行動、恥ずかしかったこと、こういうものが思い浮かんで、ボーと考えだしたら、ブルブルと頭を振って、
「いけない、いけない。さっぱりとした性格になるんだった。これ以上考えるのはやめよう」と、こう思うのだ。で、そういうことを考え続けるのをやめて、別のことに頭を切り替える。

ハット気づいたら、ネチネチとした考えをしている。そのつど考えを切ることを繰り返す。
不思議なことに、何年か続けていると、さっぱりとした性格になってくる。
要するに「さっぱりとした性格になろう」と決意することだ。
私の場合、2年ほどで治った。

忘れる練習をする

他人は、あなたに対して言ったことや、やったことは、そう何時までも覚えてはいない。あなたが言ったりやったりした恥ずかしいことや失敗も、そう何時までも覚えてはいない。

人が忘れてしまっていることを、自分が何時までも覚えていて、それで苦しむというのは、あるいは、今の自分のプラスにならないのなら、自分も、さっさと忘れることだ。

で、忘れる努力をやってみると良い。訓練すると、忘れられるようになるものだ。

「こだわっていたい自分」に気づくこと

そうすれば、徐々に、「こだわっていたい自分」だったことを、客観視できるようになる。
自分に対しても、他人に対しても、責めたい気分が、一種の湿っぽい快感になっているのだ。
仕返しできない、やり直せないことが、怨念になっているだけで、実は、中身は何もない。

自分も人も赦してやることだ。

坂本竜馬に話をもどすが、竜馬という人は度量において当代一ともいわれたが、やさしい人でもあったのだと思う。
閑話休題。

(2010.02.16 旧記事に加筆しました)

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