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向上について 孜孜として向上するものは、無敵である。

2009.07.16 | Posted at 06:29 | Category: こうふくのえとせとら

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人の心を弱らせる波動が、この空間には充満している。悩みや苦しみという具体的な問題だけでなく、名状しがたい恐怖や不安、漠然として理由もない脅迫観念に駆られることもある。
それらは、悪想念と呼ばれる。本来は朝日に消える霧のように実態のないものである。ところが、その実体のないもののために、人は懊悩することとなるのだ。

そうした言い知れぬ不安に襲われたとき、こう考えれば元気になれる。
「人間は向上すべき生物である。自ら向上することを本能としている。何度挫折の時があっても、また頭を振り上げて向上の道を歩まざるを得ない。それは逃れることの出来ない人間の宿命である。
が、しかしまた、この宿命ゆえに、ひとは守られ救われる。
ただ、向上のために淡々と歩を進める。その中に、あらゆる障害を乗り越える秘密がある。
なぜなら、人の向上は神が埋め込んだ、最高の徳目であるからだ。
神の願いがそこにある。ゆえに孜孜として向上するものは、無敵である。
神とともにあるからだ。」

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