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慰安婦問題、朝日新聞と河野洋平

2012.10.25 | Posted at 12:33 | Category: 政治・経済・社会

幻の従軍慰安婦
http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/06/post_b28a.html

上記のリンク先より、一部転載させていただきました。

【以下、転載】

そもそも「従軍慰安婦」という言葉自体が、当時は存在しなかっ た。従軍看護婦は軍属であり、従軍記者、従軍僧は、法令により定められた身分で、指定された部隊につく。
しかし、「従軍慰安婦」という規定はどこにもなく、概念すら存在しなかった。すなわち、従軍看護婦などとの連想で、あたかも部隊の一部であると読者に思い込ませるための造語なのである。
「慰安婦」は公娼業者が雇った女郎であって、軍が徴用したわけではない。

これを、朝日新聞は、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊として戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた」と書く。
しかし、「女子挺身隊」とは、昭和18年9月に閣議決定されたもので、名乗り出た「従軍慰安婦」の「連行された」という時期は、それよりはるかに前である。つまり、貧困ゆえに身売りされたのに、朝日新聞は、そのころは存在しない「女子挺身隊」として連行された、と記事を捏造しているのである。

平成3年8月11日付け朝日新聞は、社会面トップで「思い出すと今も涙」「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口開く」とのタイトルで、「日中戦争や第二次大戦の際、女子挺身隊として戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた朝鮮人従軍慰安婦のうち、一人 が」名乗り出たと報じた。
しかし、この女性、金学順さんは、「女子挺身隊」として連行などされていない事を、8月14日の記者会見で自ら語っている。

生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍3000余りがいる部隊の前だった。

(ハンギョレ新聞 1991年8月15日)

朝日が、特定の意図を持って記事を捏造したのは明らかである。

宮沢首相(当時)の訪韓直前に発表され、公式謝罪に追い込んだ朝日新聞の「慰安所、軍関与示す資料」「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」という一面トップの記事はどうか。

発見された文書とは、昭和13年の陸軍省による「軍慰安所従業婦等募集に関する件」である。
その中では、民間業者が慰安婦を募集する際、
①軍部諒解の名儀を悪用する
②従軍記者、慰問者らを介した不統制な募集をする
③誘拐に類する方法を使って警察に取調べられるなどの問題が多発している
したがって、業者の選定をしっかりし、地方憲兵・警察との連繋を密にせよ、 と命じている。

上記を素直に読むと、「関与」とは、誘拐に類するような方法を使う民間の悪徳業者を、軍が警察と協カして取り締まり、排除せよとの命令であることが解る。
軍が、民間業者を指示、統制、監督して 慰安所を運営させたという意味ではなく、むしろ当時の公娼制度を逸脱することなく合法的に慰安所を運営せよ、という意味なので
ある。
朝日新聞の罪は重い。

石原内閣官房副長官(当時)は、国会議員との会合で次のように語っている。

「もう少し補足しますと、この問題の初期の段階では、私は韓国政府がこれをあおるということはなかったと。むしろこの問題をあまり問題にしたくないような雰囲気を感じたんですけれども、日本側のいま申した人物がとにかくこの問題を掘り起こして大きくするという行動を現地へいってやりまして、そしてこれに呼応する形で国会で質問を行うと。
連携プレーのようなことがあって、韓国政府としてもそう言われちゃうと放っておけないという、そういう状況があったことは事実です」

「歴史教科書への疑問」
日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会編 (展転社)

まさに、国内の反日主義者による相手国扇動-朝日新聞の報道-国会における
「反日」議員の策謀、「歴史教科書問題」や「靖国問題」とまったく同じパターンで事件がデッチ上げられるのである。

石原内閣官房副長官(当時)は、次のようにも語っている。

「強制連行の証拠は見あたらなかった。元慰安婦を強制的に連れてきたという人の証言を得ようと探したがそれもどうしてもなかった。結局談話発表の直前にソウルで行った元慰安婦16名の証言が決め手になった。彼女達の名誉のために、これを是非とも認めて欲しいという韓国側の強い要請に応えて、納得できる証拠、証言はなかったが強制性を認めた。

もしもこれが日本政府による国家賠償の前提としての話だったら、通常の裁判同様、厳密な事実関係の調査に基づいた証拠を求める。これは両国関係に配慮して善意で認めたものである。元慰安婦の証言だけで強制性を認めるという結論にもっていったことへの議論のあることは知っているし批判は覚悟している。
決断したのだから弁解はしない」

櫻井よしこ「密約外交の代償」
「文塾春秋」平成9年4月号 (下線は筆者)

なんと、「納得できる証拠、証言はなかったが、両国関係に配慮して善意で認めた」と、当時の政府首脳が白状している。それほどまでに、当時の日本政府は韓国や中国に対して弱腰だったのである。
そして証拠も証言もないのに「談話」を発表したのが、あの河野洋平(現衆院議長・当時官房長官)である。

「従軍慰安婦」というと、海外では”military sexual slavery (軍用性奴隷)”などと呼ばれる。日本軍によって郷里から強制連行され、戦地では何の自由もなく、もちろん無給で、ひたすら兵士にもてあそばれた、というイメージが定着している。
しかし、実態は、貧困ゆえに家族から女衒を介して公娼業者に売られたのであり、給与・待遇は国内の女郎よりもはるかに良かった。

内地人のある娼妓は「内地ではなかなか足を洗えないが、ここで働げば半年か一年で洗える」といい、中には「一日に27人の客の相手をした」と豪語するつわものもいた。

小野田寛郎 私が見た従軍慰安婦の正体

以上です。元記事の全文を読まれることをおすすめします。

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